蟻疑獄に喘ぐ貞淑妻 (T)
「あ・あ・・い・い・・・」
「どうです奥さん・・感じますか・・」
「ああ・・もっと・・もっと突いて・・」
対面座位の形で、下から逞しい男の肉棒に突き立てられながら女は激しく悶えている。
繰り返し押し寄せてくる悦楽の大波に溺れまいと、女が必至になって爪を立てながら縋り続ける男の背一面には、思わず目を見張るような見事な刺青が彫られていた。

女の名は石飛秋絵、七瀬なつみに似た可愛くて貞淑な人妻だ。
明るくて、おきゃんな性格から、近所での評判の人気者で、優しい夫と可愛い子供に囲まれ、平穏で幸せな日々を送っていたのだった。
そんな、一見不倫とは全く無縁そうな人妻が、一体全体どうして・・・・。

話は一ヶ月程前に遡る。
「アッ・・シマッた・・」
いつもの様に近所のスーパーまで車で買い物に出掛けた秋絵は、一瞬の不注意からブレーキを踏むタイミングが遅れ、その為に前方の車に接触してしまったのだ。

「すいません・・すいません・・」
完全にパニック状態に陥ってしまった秋絵は、黒塗りの高級車から降りてきた相手の顔を見ることも出来ず、オロオロしながら只ひたすらに頭を下げ続けるのだった。

「まあ・・・大丈夫ですよ・・心配しなくても・・大したことないでしょう・・・」
落ち着いた男の優しい声を耳にして、やっと我に返った秋絵は恐る恐る顔を上げた。
その視線の先には、微かに笑みを浮かべた渡瀬恒彦に似た渋い中年紳士の姿があった。

「あの・・修理代は・・どれ位・・・」
恐る恐る口を開いた秋絵の声を征するように、
「結構ですよ・・」
男はバンバーのキズを確かめながら、ぶっきらぼうに呟いた。

「でも・・それでは・・」
「修理代はいりませんから・・その代わりに・・一度食事でも付き合って頂きましょうか・」
男はニコリと微笑みながら、スーツの内ポケットから名刺を取り出すと、呆気にとられてポカンとしている秋絵の手に手渡した。

「奥さんの都合の良い時に電話下さい」
そう言い残すと、男は何事も無かったように車に乗り込み、走り去っていた。

後に残された秋絵は、「AK興行株式会社 代表冨樫哲也」と書かれた名刺をジッと見つめ続けるのであった。
「とがし・て・つ・や・・・」
何かにとりつかれた様に、自分の目の前から颯爽と消えていった男の名を繰り返し呟いていた。

それから数日間、秋絵は何処か落ち着かない日を過ごしていた。
「どうしようかしら・・」
哲也から受け取った名刺を握り締めながら、電話機の前をウロウロしては、
「ああ、ダメだわ・・やっぱり・・だめ・・」
やがてソファーに腰を掛けて、大きなため息をつくのであった。

そして一週間後、いよいよ覚悟を決めて受話器を手に取ると、久し振りに感じているトキメキ、いやひょっとしたら初めてかもしれない少女のような淡い恋心に胸を震わせながら、ゆっくりとダイヤル釦に指を運ぶのであった。

この一本の電話が、やがて彼女に訪れる蟻地獄のような悲劇の始まりになろうとは・・・・。


続く

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